『ボーイッシュ・ガール』

ネクタイを締め、男物のスーツを着て、自身のペニスを握り締めている短髪の女性。深い暗闇を思わせる黒をバックに、きりっとした眼差しをこちらに向けている。その横には、「男のカラダを手に入れるため、僕は抱かれるんだ……。」というコピーが並ぶ。『ボーイッシュ・ガール』というポップなタイトルとは真逆な「演歌」を感じさせるパッケージの妙に、まず目を引かれました。


『ボーイッシュ・ガール』(ながえStyle) 監督 長江隆美


[女×ペニス]であっても[ふたなり]に非ず。
心は男なのに、体は女として生まれてしまった性同一性障害の女性が主人公となっているこの作品は、ちょっと今までに見たことのない、賛否両論を呼びそうな問題作だと思います。


冒頭、短髪の篠原さゆりがシャワーを浴び、恋人(京本かえで)の元へと向かう為の身支度をする場面があるのですが、その描写の執拗なまでの丁寧さに、長江監督の揺るぎのない世界観が現われています。
胸のふくらみを潰し(サラシではなく腰痛用ベルトのようなものを胸に巻いている)、ペニスバンドを身に付ける主人公。男の体になりたいと願い、(セックスの時だけでなく)日常的にペニスを身に付けているその姿は、滑稽にも見えるし、「そんな人間実際にはいないでしょう」と突っ込みたくもなるのですが、女である自分の体を嫌悪し、男になる為の性転換手術の費用を手に入れる為に男に身を売るという、主人公の切羽詰った心情を象徴するような鬼気迫る演出でもあると感じます。


「俺は男だ」と勇ましく主張する主人公をいとも容易く女扱いし、立場を利用し従属させ、凌辱する成金おやじを演じるのは、長江組常連の甲斐太郎氏。濃厚な長江式接吻(女の口内を犯すように歯茎までベロベロと舐めまくるハードなディープキス)に始まり、鼻の穴にまで遠慮なく舌を突っ込み舐め回し、「可愛いよ、イサムちゃん(主人公の男名)」「女の喜び教えてやるよ」「(主人公をマングリ返しにさせて)いい眺めじゃないの」といちいち主人公の心を逆撫でするような言葉を吐き続ける甲斐氏の快演が凄まじいのですが、これだけに終わらず、さらに主人公を追いつめていくその後の展開の執拗さがまた凄いです。
成金おやじに相手にされなくなった主人公は、ある老人(徳田重男)を捉まえ、必死になって己の体を売ろうとします。変態成金おやじとは違い、主人公のペニスバンドに難色を示す老人に「これだけは取りたくないんです。このまま相手して下さい。お願いします!」と訴える主人公。


ここに、巷に溢れる「ふたなりAV」とは全く違う長江監督の[女×ペニス]の見解が印象強く示されています。「チンポを付けているからエロい所を見せているシーンというのはない。主人公のペニスバンドは彼女達のアイデンティティなんです」と監督は話されていたのですが、主人公にとってペニスとは、体を売ってもなお、自分が自分(男)である事を示す最後の砦でもあるのですね。しかし老人から「そんな体じゃ気色悪くてワシのあそこが勃たん」と罵られた主人公は、苦渋の思いでペニスを取り外し、開き直ったかのように老人とセックスをするのです。その姿から滲み出てくる悲哀と劣情は、見ていて胸が苦しくなってくるほどです。


権力者が弱い人間を手篭めにするシチュエーションは、これまでの長江作品にも数多くありますし、私も幾度となく興奮させられてきました。犯られる女性に感情移入して興奮したり、犯す男側に同化して見て興奮したり、犯される無力な女の憐れさに欲情したり…
けれど、今作は「性同一性障害」という重く深刻なテーマである分、容易に設定に酔わしてなどくれず、ひとたび主人公に感情移入してしまったら、もう興奮どころではなくなるんですよね(あくまで私の個人的な意見なのですが…)。それだけドラマが重厚で、インタビューさせて頂いた時に仰っていた「『男だ!』と言っている女が男から犯されるところにエロスがある」「撮りたかったのは、男が見たい為のビデオ」というその言葉がこれ以上ないほど完璧な形となって表現されていたからなのだと思います。


恋人のいる前で桜沢まひるがチンピラ3人(幸野賀一、谷せん吉、花岡じった)からレイプされるエピソード2では、桜沢まひるが付けているペニスバンドは徹底的に侮辱の対象となっています。犯している最中、「おまえも気持ち良くしてやろうか?」とペニスをしごいたり、フェラチオしたりする花岡じった氏の『償い』の時とはまるで別人なこの振り幅の広さが凄いです。処女であった主人公が途中で出血するという細かい演出も流石。「やめろよ!」と啖呵を切る桜沢まひるの迫真の演技も素晴らしいです。他にはどんな作品に出ているんだろう? と調べてみたら、オペラの凌辱モノやギガのヒロインアクションモノなんかにも出ているんですね。ブログも見てみたら、AVに対して、芝居に対して、かなり根性の入ったファイターという感じで、見た目のギャル系ルックスとのギャップが面白い、芯の強そうな格好の良い女の子でした。(この作品の為に髪を切られた事は、しっかりと報われていると私は思います)


前2編の重い後味を残したまま始まるエピソード3の「ののか編」は、今作の中では異色なタッチなので少々混乱させられます。江戸川啓示さん演じるショタコンおやじが、ランドセルを背負った下校中の「ののか」をあめ玉を餌に家に招き入れ(笑)おイタをする、というものなのですが、まことちゃんor最近の椎名林檎みたいなマッシュルームカットに、大木凡人かアラレちゃんかというような大きな眼鏡を掛けた天然アヒル口のののかは、江戸川さんじゃなくても「可愛いな、坊や」と頭を撫でたくなるようないたいけな愛らしさがあり、なんとも絶妙な倒錯感あるツーショットです。ののかの眼鏡が曇るほどに鼻息荒くベロベロと顔面を舐め回し、ののかに挿入しながら、そのちっちゃなおちんちんをしごいて射精させた後、「坊ちゃんの穴ポコきもちいよ」と激しく腰を振るらくだ下着姿の江戸川さん。飢えた変態おやじの下劣さを地で演じているようなその存在感は強烈で、「ののかのほっぺたを一度つねってみたかったんですよ」と語っていた長江監督のサディスティックロリコン的な欲望が見事に透写(いえめちゃめちゃデフォルメされていますが)されていました。
ブルージーな前の2編と比べるとどうしても違和感を感じてしまう「ののか編」ですが、このパートに限っては「サービスです」と長江監督は仰っていたので、前の2編とは独立して見て楽しむのが正しい見方なのだと思います。
それにしても江戸川さん、頭に大量のフケが乗っているのですが、これが自前ではなく意図してやっているものなのだとしたら、その役作りの念の入れように恐れ入りますね…。

この作品のひとつの見所として、篠原さゆりが妄想の中で国会議事堂に向けて銃を放つ場面があります。
その姿は「生き辛い社会への怒り」と「人間性を排除し、女性をただのオナニーの玩具として扱う全てのAVに対する監督の憤懣の想いと挑戦状」のダブルミーニングであると私は感じたのですが、皆さんはどう思われるでしょうか?